
自然環境の問題には、実にたくさんの人々が関心を抱いています。その中で「美しい景色を楽しむこと」と「自然環境を大切にすること」とは必ずしも一致しないということに多くの人が気付き始めています。たしかに里山は身近な自然の宝庫です。しかし、それは単なる観光の場ではありません。私たちの部会では、かつて杉並にもあった里山が失われた今もなお、里山を知り、学び、人と自然の共生を考える糸口にすることから、自然と環境の問題に取り組んでいきたいと考えています。
里山の自然は、農林業を営む人々が自然を、手入れしながら保持し続けてきたものです。だからこそ、そこには豊かな生態系を形成され、多種多様な生き物たちと共生する里山 が出来上がったのです。こうして出来上がった里山の環境を守るためには、自然をほった らかしするのではなく、「人が自然にお世話になったお返しに、マメに手入れし続けなくて はいけない」継続型の努力が必要です。
今、里山は一種のブームになっています。それぞれ危機に瀕した里山もあれば、みごとに再生した里山もあります。そこには、自然、環境への接し方、考え方を学ぶ題材が豊富に揃っていると言えます。
昔から水田を作ることで、カエル、トンボ、メダカ、ドジョウ、水草などの水生生物が育くまれました。そして野鳥が、それらの生物を食べて糞が稲の養分となり、雑草の繁殖が抑えられて田んぼが守られるという役を担っていました。生き物それぞれが循環的な役割を果たしてきたのです。
そして、その恩恵を人間が受け取っていたのです。
ところが、今、慣行栽培では収穫効率を上げるためと称して、稲の病気、害虫駆除、除草のための農薬が使われ、水生生物が育たない状況になると、鳥も飛んで来ません。このような自然のサイクルを断ち切ったため、さらに農薬や化学肥料を必要としているのです。そして、その集大成が我々の口に入る米になるのです。
農業の効率化、高収率化が叫ばれ、田んぼの状況が大きく変わってしまいました。水路は、コンクリート化され、冬場の乾田化で生物はほとんど生息出来なくなってきています。
谷戸(谷津)の田は地形的に機械を入れにくいために次第に放棄され、荒廃化が進んでいます。農業従事者の高年齢化もこの問題に拍車を掛けています。
昔のように薪や炭を使わなくなったため、雑木林では人が下草を刈り、間引きや枝打ちをして森の維持をする手間も必要性もなくなり、こちらも放置されてきています。
そして、 開発事業による里山の自然が急速に消失し、休耕田など荒廃した農地への違法な産業廃棄物やゴミの投棄が後を絶ちません。また、自治体やNPOなどが何とかするために手を出そうとしても、耕作をしない所有者の私有地であることから手が付けられない有様も見られます。
私たちの部会では、杉並区民が自然を学び、自然と遊び、人と人との繋がりを楽しみつつ、環境配慮行動を身に付けていくために役立つイベントを企画提案し、実行していきたいと考えております。